日米交流
Japan-US Encounters Website
History of Japan-US Relations in the period of late 1700s and 1900s

 

西洋流の国際慣行、駐在公使の役割と権限

老中・堀田備中守の命を受けハリスの元に派遣された下田奉行・井上清直や目付・永井尚志(なおゆき)、勘定奉行・川路聖謨(としあきら)などを前に、ハリスは公使派遣やその役割などについて丁寧に教えた。やっと将軍・家定との謁見を終えピアース大統領の親書を提出したハリスは、堀田の役宅で大演説を打ったが、その内容をより良く理解しようとする堀田のブレーン達への教育だった。公使の都下駐在は国内にも、溜詰め諸侯など幕府内にすら大きな反対がある事案だから、幕府中枢はハリスによくよく確認したいと思っていたし、次の目的の通商条約締結と公使の首都駐在を要求するハリスにとっても、またとない好機会になった。日本側の質問にハリスが答えるその会話の例を記せば、

  • 公使の都下駐在の件は、和親を結んだ国は相互に派遣するのか。
    (答) これは一般的なことで、支那以外の国は全て都下に駐在させている。公使は互いに交換するが、小国は費用の関係で派遣しない国もある。公使を派遣する国は、相手国へ費用の迷惑はかけないから駐在させるのだ。

  • 公使の職務はどういったものか。
    (答) 職務は自国と派遣先の国との外交を主とし、自国のことを先方に通じ、先方のことを自国に通じるのが主務である。商売のため開港場に居住する自国民と現地民との問題が起れば、その地の領事や副領事からの書面を元に駐在国の外務大臣と談判をし、解決策を見出す。領事や副領事が相手国政府に直に書簡を送ることはない。

  • 領事とは特に違うのか。
    (答) 領事とは全く違う。領事は政治的な件の取り扱い権限はなく、開港場の商売にだけ関係する。公使が政治向きの取り扱いをするのだ。

  • 公使はどんな官爵を持つのか。
    (答) その答えは難しいが、西洋では官職に文官と武官があり、文官が全政治を行う。この国務に責任を持つ文官は武官より位が高い。例えば祝砲を打つ時、公使へは十七発、提督は海軍の第一人者ではあっても十三発である。公使は外交を扱うから、外国派遣の権威中では最高のものである。

  • 国による差別はあるのか。
    (答) 昔は国の強弱による差別があり、強国の公使を弱小国の公使より上位に扱うこともあった。四十年前から各国の規則が定まり、先任公使が後任公使より上位に立つことになった。例えばオランダのように小国であっても、都下にロシヤの公使より先に来ていれば、ロシヤはオランダの下につく。

  • 各国は公使をどのように待遇するのか。
    (答) 万国公法に従って扱う。

  • 万国の法とはどんなものか。
    (答) 全部説明するには分厚い書類になるが、手短に要約すれば、第一にこの大法は各国の法に束縛されないことだ。公使の許可無しに公使館内には誰も入れない。公使の家族に至るまで、その滞在国の法に束縛されない。公使館内は一国に比べればごく狭小であるが、館内は全て自国である。

  • 公使は、外国派遣の役人中で最高位の事は良く分かった。自国に居る時の位階はどうなのか。
    (答) アメリカでは、外国に駐在する公使と自国に居る事務宰相とは、書状の文体やその他全て同等である。他国に派遣された公使と自国内の事務宰相と出合った時は、同等の礼儀で挨拶する。

  • 公使の任期はあるのか。
    (答) 任期は特にない。一年の時も十年にわたる時もあり、自国政府が格別に良いと思えば多年にわたり、当人の希望で速やかに帰国する時もある。通例は四、五年で当人が帰国を望んでいる。若し公使に如何かと思われる行為があり、派遣先の国の希望に沿わなければ、派遣先の国が相手国に派遣している公使からその政府に掛け合い、呼び戻されることはある。しかし緊急事態の時は、その本国に通知せず直接その公使に帰国を命じることもある。

  • 公使の交代時は、国君に拝礼することはあるのか。
    (答) 帰国の拝礼はある。例えば日本の場合、品川でも信濃守様の役宅というお城近くに駐在の場合でも、帰国時は改めてお城に出向き拝謁することになる。お城近くに駐在する理由は、外国事務宰相と掛け合う必要が生じることがあるから、近くに駐在するのだ。

  • 公使館内は駐在国の法治外だが、館外ではどうなるのか。
    (答) 館外は館内と違い、公使の自由にはならない。

  • 館外であれば、駐在国の法に従うのか。
    (答) 市中の歩行は公式に許されるが、城内はもちろん武家であっても、その家主の許可無しに立ち入りは出来ない。若し公使の家族が市中で喧嘩などした時は、公使が自分で刑罰を加えることもある。

  • 都下に公使を置く理由は、開港地と数里も離れ、諸事情を速やかに説明も出来ず、その結果大事に至ることもあるから都下に駐在するということか。
    (答) それが公使駐在の第一の理由だ。自国政府からの大事を他人を経ず、直にその国の外国事務宰相と談判する必要性から都下に駐在するのだ。

こういった会話の他にも日本側は、アメリカが公使を交換している国名、條約に規定すればアメリカが各国と日本の調停者たり得ること、支那とイギリス・フランスとのアヘン戦争での公使の関わりのこと、自由貿易のこと、輸出入税のこと、アメリカの望む通商条約のこと、アメリカと条約を締結すれば他国もそれに倣うこと、下田の代港開港のこと、イギリス要求のこと等々、細かくハリスと意見交換をし情報収集をし、知識を深めた。

これら老中首座・堀田正睦のブレーン達は、ハリスと直に話すことにより国際慣行を理解し、公使の江戸駐在が不可避なことを理解した。この後、下田奉行・井上清直と目付・岩瀬忠震が交渉委員に指名され、ハリスと日米修好通商条約の条文作成を交渉することになる。

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07/04/2015, (Original since 04/20/2009)